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東京高等裁判所 昭和36年(う)1112号 判決 1961年8月08日

控訴人 被告人 益田昌佐久

弁護人 岡部吉辰

検察官 原長栄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

理由

控訴趣意のうち事実誤認を主張する部分について。

所論は、要するに、被告人は本件自転車を拾つたもので盗んだものではないから、本件は占有離脱物横領罪に該当し窃盗罪は成立しないというのである。よつて按ずるに、原判決の挙示する証拠並びに原審において適法な証拠調を経た司法警察員作成の現場確認報告書を総合考察すると、本件被害者石鍋富男は昭和三十六年三月四日夜友人吉田某と共に原判決の判示する大富屋飲食店において飲酒し、翌五日午前一時頃相当酩酊して同飲食店を退去したが、その際同店表側に置いてあつた自己所有の判示自転車をひいて吉田某と共に帰途についたものの、同店西北方約三十米の反対側道路端附近において些細なことで吉田某と口論し、右吉田が先にその場を立去つたので、自分も次いでその場を立去り、自転車のないことに気付き交番に行き届け出でたが、酔つているからその辺にあるのだろうと相手にされなかつたので、結局そのまま帰宅したこと、右石鍋は、酩酊のため自転車を放置した場所について、大富屋飲食店前であつたか、吉田と口論した前記場所であつたかも失念していたこと、他面被告人は同午前五時頃前記場所を通りかかり、道路端に倒れている右自転車を発見し、これをひいて同所から約三千米北方の馬場茂子方前まで行き、偶々起き出ていた同人方家人に右自転車の所有者の所在を尋ねたところ、附近に交番があるからそこに届け出るようすすめられたが、ここで不法領得の意思を生じ、そのままこれに乗り日光方面に向つたことを認めることができる。そうだとすれば、右自転車は、石鍋が前記場所にこれを放置してその場を立去つた際、石鍋の事実上の支配を離れたものと認めるのが相当であり、その時から数時間を経て、前記のようにこれを発見拾得し、不法領得の意思をもつてこれを持ち去つた被告人の前記所為は、占有離脱物横領罪を構成し、窃盗罪は成立しないのである。してみれば、被告人の窃盗事実を認定した原判決は事実の認定を誤つたもので、この誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

なお本件起訴にかかる窃盗の事実と後記認定の占有離脱物横領の事実とはもとより公訴事実を同じくし、かつ、被告人は原審で本件自転車を領得した事実を自認して居り、弁護人は控訴趣意において、被告人の所為は占有離脱物横領の罪をもつて律すべきであると主張して居るので、原審で取調べた証拠により本件公訴事実を占有離脱物横領の事実と認定したからといつて、被告人の防禦に何ら不利益を来たさないのであるから、更めて訴因変更の手続を経ることなく、当審において直ちに判決し得るものと解する。

よつて量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において次のとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三十六年三月五日午前五時頃東京都足立区小右衛門町二百三十二番地大富屋飲食店附近道路端において石鍋富男が同所に遺失した中古自転車一台(時価五千円位相当)を拾得保管中同所北方約三千米の道路上においてこれが届出をする意思を捨て、これに乗つて日光方面に赴いてこれを横領したものである。

<証拠の標目省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二百五十四条に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内で被告人を懲役八月に処し、原審及び当審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により被告人にこれを負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 岩田誠 判事 司波実 判事 小林信次)

弁護人岡部吉辰の控訴趣意

一、本件は窃盗事犯として原審今市簡易裁判所において懲役十ケ月に処するとの判決に対し控訴せられたものであるところ、本件の実体は窃盗罪に問擬すべきではなく拾得物横領を以て律すべきが適当であると思わるるものであるが仮りに窃盗罪としてこれをみるとしても刑事訴訟法第三八一条による量刑不当の事由あるものと考えられますので原判決を破棄し適当御判決を仰ぐものであります。

二、被告人は愛知県木曽崎にある伊勢湾台風の被害工場で働いていたものであるが日出があいまいで面白くないので同所をやめて職を求めて杉並区に居住している実姉を頼つて出京して来たが姉が元居住の所に見当らず血液等を売つて過していたが以前働いたことのある埼玉県春日部若くは日光、足尾方面に職を得んとして歩行中昭和三六年三月五日午前五時頃道路わきに古自転車が倒れたまま遺留されているのを見てその所有主を見出し届けんとしてその附近の家に尋ねんとして物色したが早朝にていずれの家も戸締就寝中であり約一粁近く歩いてきたところの左側の家で自転車の修理工場か運送屋と思わるる家に人が起きていたので同自転車につけられている住所書の持主の家を尋ねたところ、この附近であるから交番があるから尋ねてごらんなさいと教えられそれを届けんとしたものであるが途中心変を生じ自転車を自己使用にせんとして乘用に使用し持ち去つたものであるが

二、被告人が初志を変えたことは心惜しく考えられるものであるが前記の事情にあつたこと即ち、(一) その自転車が倒れたまま道路わきに遺留されてあつた事実はその被害者石鍋富男の二回に亘る司法警察官に対する供述において明らかであると考えられる。同人は友人吉田という男に出会つて初め徳丸酒店で、次に大富屋飲食店でビール酒等を多量飲酒しその第二回目の供述において「自転車がなくなつたときは私は相当酔つておりましたので被害届のとき大富屋飲食店の前で盗まれたと簡単に申上げましたが実際は大富屋から帰るときには自転車を持つていたかどうか良く判らないです」と供述し更に「同飲食店を出てから吉田とごたごたもめて腕にはめてある腕時計を吉田ははずして持つて行つてしまつたので恐喝されたと思つて西新井警察署小右衛門町交番に届けに行つた」旨の供述とを照合すれば大富屋飲食店を出た当時深く酩酊の上、吉田と争事を生じ自転車は道路わきに倒されたまま遺留してあつた事実は推定に難くなくこれを被告人各供述に照合してみれば被告の供述は信を措くに足ること、(二) 被告人が自転車を所有主に届けんとしたことは前記被告が自転車につけてある所有者の住所家屋を尋ねた家が馬場茂子方であることは調書の記載によつて明らかにされてある。(三) 其他被告人の事情境遇は被告人の三回亘る供述にみて明らかであると信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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